人気ブログランキング | 話題のタグを見る

J・J⑥

第四章 運命と破滅、そして狂気 2



幕間

パーティ、デピネー夫人が一人ふてくされている

「もう、ジャン=ジャックったら、また来てくださらないわ」
「随分なご機嫌ですな、デピネー夫人」

エティエンヌ・プランシーが夫人に近寄る

「まあ、エティンヌ・プランシー。そういえば今日は評議会の方もお出ででしたわね」
「ええ。…さて、お連れの方が見当たらないようですが」
「もぉ!そうですのよ!ジャン=ジャックったら体調が優れないなどと言って、今日も来ないつもりなんですわっ!」
「それは夫人の機嫌も損なわれるというもの。ところで、そのジャン=ジャック・ルソー氏のことで夫人のお耳に入れたいことが…」
「え?ジャン=ジャックのこと?」
「ええ、それともう一人の方のことです。いえ、たんなる噂かもしれませんがね…。さぁ、こちらへ…」

小休止
夫人が持っていたグラスを床に落とす

『運命の歯車はまさに破滅へと回り出したのである。そしてその歯車を回したのは、ルソーの兄の面影を持つ男、エティエンヌ・プランシー』

幕間

応接間、デピネー夫人がルソーの頬をはたく

「何をなさいます、マダム・デピネー?」
「私と、私というものがありながら、他の女と…。あなたのことを信じていたというのに!」
「マダム・デピネー、私の話を聞いてください、あの方は…」

ルソー、夫人に詰め寄る

「なぜすぐに否定しないのです!…えぇい、放して!放しなさい!汚らわしい手で私に触れないでっ!」
「マダム・デピネー、本当に申し訳ありません。しかし私はあなたのことが嫌いになったのでは…」
「最後までマダムを取って呼んではくださらないのですね。いいですか、ルソー。私たちはこれで終わりです。でもただでは終わらせないわ!あなたの持っているものすべてを奪ってやる!ええ、かならず奪って、ひきちぎってやるわ!」
「マダム・デピネー…!」

ルソーの手を振り払い、夫人が退室する

『デピネー夫人は自分とルソーの関係、そしてルソーが別の女に現を抜かしていたことを公にした。それは夫人自身の恥でもあったが、ルソーに対する復讐でもあった。このことによって、ルソーは自分にとって今、一番大切なものを失うことになる』

幕間

湖畔、ドゥードト夫人とルソー

「ルソーさん、あなたが私をそんな目で見ていたなんて。私には夫が、愛しい人が居るのですよ。それなのに…。良い友達が出来たと思っていたのに。…あなたとはもう一緒に詩を語らうことは出来ないわ。もう会わないようにしましょう。それがお互いのためだわ…」

ドゥードト夫人が去り、ルソーが倒れるように跪く

幕間

ルソー、帰宅するなりエミルに憤る

「エミル!マダム・デピネーにドゥードト夫人のことを話したのはおまえなのか?」
「ち、違いますよ!だいたい、俺ごときがどうやって夫人に会うんですか」
「そ、そうか…。ならば、誰が。誰が私とドゥードト夫人のことを…。まさか…!」

『この時、ディドロは評議会からの用事でパリを離れていた。これはデピネー夫人とエティエンヌ・プランシーの策略であったが、ディドロの不在はルソーの疑いにさらなる拍車をかけた』

幕間

暗室、ルソー嵐に荒れる窓の外を見る

「ディドロ、おまえなのか…?だとしたら、私はおまえを許さない…。けして許すものか!」

幕間

『1758年。ルソーはジャン・タランベールが百科全書のために書いた「ジュネーブ」の項目を激しく批判した。これは、百科全書編纂の責任者になっていたドゥニ・ディドロへの攻撃に他ならなかった』

ルソー宅の門前、ルソー、ディドロと扉越しに対峙する

「ルソー!どういうことだ、アカデミー伝いにあんな批判をするなんて!?なぁ、おい、ルソー、黙ってないでなんとか言え!」
「さて、きみはどこの誰でしたかね?」
「な、なにーっ!?」

組み付こうとしたディドロの腕をルソーが押し返す
勢い余ってディドロが尻餅をつく。

「汚れた手で触るな!まったく、礼儀を知らん奴だ」
「ルソー、どうしたんだ?なぁ、ルソー!」
「貴様のしたことは、創世のカインの行いに等しい。悪魔に兄弟を売り渡した男は神に裁かれるのだ…!」

扉を閉める

幕間

『それから半年後、ルソーはある晩餐会に出席していた』

パーティ、ルソーに男が近付く

「やぁ、おひさしぶりです、ジャン=ジャック君」
「エティエンヌ・プランシー、またあんたか」
「だいぶ飲んでらっしゃるご様子ですな」
「飲まずにはいられないよ」

「何かつらいことでもあったのですかな。…ところであなたのご友人のドゥニ・ディドロ君が、哲学者グループを脱退したようですよ」
「ディドロが?」
「ええ。脱退したというか、させられたと言った方が正確かもしれません。ほら、あなたが百科全書を批判するような論文を書いたでしょう?あれが原因らしいですよ。まったく、力のあるあなたが酷なことをする」

俯くルソー

「おや?絶交したと聞いてましたが、かつての親友のことはやはり心配ですか?」
「あいつは親友でもなんでもない」
「…あぁ、そうそう、もう一つ聞き及んでいることがあった。あなたはとても魅力的であり、何より名声を手に入れられた方だ。これは老婆心ながらの忠告ですが、…何をなさるにも時と場所を選んだ方がいい。広い所では誰が見ているとも知れませんからな」

エティエンヌが意味深に笑う

「な、なんだと?それはどういうことだ…、まさか!?」
「はははっ、単なるつまらないお節介ですよ。それではごきげんよう」
「エティエンヌ…!」

ルソー、去るエティエンヌの肩に手をかけようとするが酔いに足がもつれる

幕間

『それからさらに半月が経ったある日の夜』

ルソー宅、扉が開きエミルが現れる

「ルソーさん、見つけてきましたよ」
「でかしたエミル!ディドロ、さあ中に。ディドロ?」

よたよたアンバランスに歩くディドロ

「ディ、ディドロ?な、なんてことだ…」

『ルソーの前に現れた男は、快活であったかつての友ドゥニ・ディドロとは思えないほど、汚れ、痩せていた。その姿はまるで年を経たみすぼらしい老人のようであった』

「貧民窟に居たんです。喧嘩でもしたのか、頭に大きな怪我の痕があって…」
「おやあ、ここはどこだぁ?ああ、眠いなぁ。早くこの本を読まなけりゃあ、なぁ。それから…えっとぉ…」

ルソー、愕然となる

「ほんとうに、本当にあのディドロなのか?ほんとうに、ほんとうに…。ああ、ディドロ、すまない、すまない…」
「あれぇ?あんた、何泣いてるんだ?何か悲しいことでもあったのか?悲しいときは空を見ればいい。母さんがそう言ってたんだ。母さん、元気かなー」

ルソー、跪いてディドロにすがる

「すまない…、すまない…」

『絶望の中、物語は佳境を迎える。そしてルソーは…』

「ははっ、私のせいだよ、私のせいなんだ、ハハハッ…」

by zan9h | 2010-04-03 23:58 | J・J | Comments(0)