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狐の嫁15

奴は死の淵で言った。

いつまでもこの地に留まり、守護してくれ。

氏神になれというのか。
呪縛からやっと開放されるというのに。

髪を撫でられる。いつもそうする。
奴は笑って、逝った。最期だというのに何が楽しいのか。

人間の考えはわからぬなあ。

観察することにした。

祠に居るだけで甲斐甲斐しく食い物を持ってくる。
人間どもは豊穣を祈願してるようだが、そんな力は無い。せいぜい火を出せるくらい。

供物がさぼりがちになったので、ちょっと火を出して脅かしてやった。内容が豪勢になった。

どうも人は忘れる生き物のようだ。
火で脅かしては思い出させてやっていたが、次第に面倒になった。供えも無くなった。

気付いた。誰も居ない。いつぞや大きな飢饉があったが滅んだか。

奴との約束を違えた。

守ってやれなかった。いや、守ることなどはじめから出来なかったのだ。
穀物を実らせる力なぞ持ってない。稲荷なんて人が勝手に呼んだこと。

そもそも約束などしておらぬ。一方的に奴が言っただけ。
興味があったから観察していたに過ぎぬ。

なのに何故まだ留まる?
もう誰もいないのに。

失敗したなあ。抜け出せない。長いこと供えが無かったから力を失ったか。
まあいいや。このまま消えて無くなるのも一興か。

祠が崩れ、苔生し、草木と変わらなくなったなら、この身は風にでもなるのだろうか。
そしたら奴にまた遭えるのかなあ。

暗くなった。何も見えない。何も。





腹が空いた。鼻孔をくすぐる懐かしい香り。
なんか食い物がいっぱいある。なんだ今になって?

まあ良い。ありがたく頂こう。

祠の扉が開いた。目の前には間の抜けた顔の人間が一人。
なんか似てる。誰にだっけか。思い出せない。それよりこいつ怒ってるぞ?

とりあえず逃げねば。

こーと鳴いて、くるり翻り、どろんと消えてしまえー。

by zan9h | 2008-06-08 23:05 | 狐の嫁 | Comments(0)